髑髏を引きて通り給う事
「にくげなきこのしゃれこうべあなかしこ 目出たくかしくこれよりはなし」
          「一休はなし」の「めでたい髑髏」に読まれる歌です。

一休禅師は元旦に浮かれる家々を戒めるために
墓場で拾って来た髑髏を竹の竿にさして廻ったという
「目出たい」という語源を説明して人々を諭したのでそうです。

「これを見なさい、皆さん。
 目が出てしまって穴だけ残っているのを『目出たい』と言うのだよ。
 人は知らぬうちに、昨日を無事に過ごした気持ちの馴れにまかせて今日を暮らしている。
 『飛鳥川の淵瀬常ならぬ世』とは言うけれど、それを目で見るわけでもないから実感できない。
 そんな人々に『ご用心』と言いたいのだ。
 誰でもみな骸骨にならないかぎり、目出たいことなど何もないと心得るべし」

今日はアースデーでした
地球の事を考えるというのは
形ばかりか、言葉だけでもないでしょうね
五感を澄まして地球を感じる事でしょうか。



| Nonsense 戯言 | 07:26 PM | comments (0) | trackback (0) |










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