オバマ大統領広島訪問と70年前トルーマン大統領を投げ飛ばした日本人女性
オバマ大統領が献花をされて長い黙祷けして頭を下げる事はなかった
スピーチの中では広島、長崎への原爆投下は「人類の過ち」とした...
「人類の過ち」?なんですか?70年前のこととはいえ戦勝国アメリカの責任ではないのか?
原爆死没者慰霊碑に刻まれる「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」主語のない文章そのまま
無垢の自国民の頭の上で原爆を炸裂させたのは私たちの責任なんでしょうか...
「世界市民」をいうならば嘘はいけない。そんな感想をもった。

対話された日本原水爆被害者団体協議会の坪井さんが「大きな一歩」と笑顔で評価したのが救いなのだが
被爆者のみなさまもご高齢、未来のためにも真実が大事なんじゃないか...
オバマ大統領の「核なき世界」は嘘、ただの「核少なき世界」...その意味は世界秩序において意味深い。

5/28追記-------------------------------------------------------------------




オバマ大統領が27日現職大統領として初めて広島を訪問します。
はたしてオバマは「謝罪」なり「追悼」を被爆者にすることが出来るのだろうか…
大統領就任間もなくノーベル平和賞の受賞の要因となったプラハ演説の
「唯一原爆を使用した道義的責任」を広島で宣言出来ないのなら
「核なき世界」はまだまだ程遠い世界…
少なくとも残り少なくなった被爆者の方たちとの対面をはたして欲しいものです。

さて、今から70年前戦勝国米国において原爆投下の実行指示をしたトルーマン大統領を
柔道で投げ飛ばした日本人女性がいました。

以下、なべちゃりんさんのブログ、「なべちゃりん的な考え方?? 宜しければ、戴いて下さい♪」より転載いたします。
熊本県に林田民子という女性がいました。

明治37年生まれの民子は25歳の時に、ピクチャーブライド(アメリカに移民した男性と写真だけでの結婚)でアメリカに渡ります。

渡米の船の中で、講道館柔道から派遣された太田節三と出会い、渡航中と渡米後に柔道を習います。



当時は排日運動の激しかったアメリカで日米友好のため必死に働きますが、世界情勢は徐々に日本を開戦に追い込んでいきます。

太田節三と林田民子等は世界平和基金財団をつくり、敗色濃厚になった故国日本の今後のために、アメリカ政府に一生懸命働きかけます。

やがて、日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏をします。

その年の9月2日、ホワイトハウスに招待された林田民子はトルーマン大統領に小さな声で語りかけます。…



「大統領閣下、何故広島と長崎に原爆を投下されたのですか?」

「20万人を超える若いアメリカ兵の命を救うためです。」

「日本は既に無条件降伏を決めていました。何故、20万人ものアメリカ兵が死ぬのでしょうか?」

「抗戦派の抵抗も考えられ、これ以上戦争を長引かせては、若いアメリカ兵の命が危ないと判断したからです。」

「大統領閣下、貴方は嘘を言われています。マリアナにある戦略爆撃司令部は、ポツダム宣言に対する返事があるまでは原爆の投下はあり得ないと明言していました。」

「それは若いアメリカ兵20万人の命を・・・」

「大統領、貴方は日本が無条件降伏することを既に知っていた。それなのに、何故、原爆投下を命じたのですか?ヤルタ協定で日本に侵攻することになっていたスターリンへの警告のためだったのでしょう。」

「そんなことはない。すべてアメリカ兵20万人の命を守るためだ。」

「大 統領、貴方には日本人の命などどうでもよかったのです。原爆投下によって20万人以上の人間が死傷することは、初めからわかっていたのです。貴方が虫けら 同然と思っている日本人が20万人死んでも、貴方にはどうということはなかったのです。あなたは人体実験をしたかっただけなのです。スターリンに、アメリ カに逆らうとこの原爆がモスクワに落ちるぞと警告をしたかった。
ただそれだけのために20万人以上の日本人を犠牲にしたのです。20万人のアメリカ兵の命を守るためなんかではない!
大統領、貴方は今世紀最大の悪魔です!」



民子は大統領の胸ぐらに手を伸ばすやいなや、綺麗な背負い投げで投げ飛ばした。

叫びとともに音楽が止んだ。


慌てて民子を取り押さえようとしたスティムソン陸軍長官も一本背負い で宙を舞った。

全員が立ちすくんだ。


突然「バン!」と乾いた音がして、民子の胸が赤く染まった。

民子は胸に手をやり、音のした方向に視線を向けながら崩れるように床に倒れた。

林田民子は一命をとり止め、太田節三とともに収監された。

日本人ではあったが、林田民子はサザンパシフィック鉄道の役員であった こともあり、アメリカ独立戦争当時の功労者であるバニング家とのつながりもあり、世界平和基金財団の代表理事でもあることから、強制収容所送りを免れ、 OSS(米国戦略事務局)の研究員として終戦後の処理方法の研究に携わった。


あえて謝罪を求めないというのは日本人の美徳のように誤解されるが
本当は日本人そのものが敗戦を未だ受け止めず(反省せず)
曖昧なまま戦後のレジュームに国を委ねてきた...だから戦わずともアメリカの戦争に加担してきたといって過言ではないでしょう。

広島には様々な有名人が慰霊に訪れていますが、1959年キューバ革命に成功したチェ・ゲバラがキューバ使節団として来日、日本政府の反対をおして広島を強行訪問しています。そして...


「工業の再建には目を見張るものがある。だが民族的誇りが失われていると感じた」
「この恐るべき現実を見たからには、広島と広島の人々を一層愛したいと思った」
「日本人は、米国にこんな残虐な目に遭わされて怒らないのか」
「なぜ日本は米国に対して原爆投下の責任を問わないのか」

以上のように述べて、広島から妻のアイレダにハガキを送ったそうです。
そこにはこのように記されていました。
「広島のような地を訪れると、平和のために断固闘わなければならないと思う」

さて、オバマ大統領にまたは米国の指導者たちにこうした覚悟があるのでしょうか...期待したいところです。








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